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社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
第115回 監査の道
第一次世界大戦後、日本の企業は市場独占化と設備投資の拡大に走り、また不況に伴い経営の能率について議論されるようになりました。満鉄においてもこれらは例外ではなく、技術委員会に能率班ができ、能率の向上に取り組みました。当時の山崎文書課員(大正5年入社)は能率策を起案して具体化し、大正14年に社長室に能率係が設置され、その重要性が認められるようになりました。翌年には工場職場で旧来の組長制度を廃してティラーの職能職長制を採用しました。ティラーは、今まで1人の職長がすべての管理機能を行っていたのを、職長の仕事を職能ごとに分化した職能別職長制度を提唱しました。満鉄においても、工場の職場は主任の下に工長、組長を置いて、組長は数十人の職工を統率して作業に従事し、工長がその数組を管理しましたが、各組長及び工長は作業の計画、準備、監督、検査、仕事の分配といったあらゆることを統括したため、その管理が不十分でありました。さらに、部下の監督指導に才能ある者は計画や仕事の統制に不得手であったり、など万能の者はおらず、そのためティラーの科学的管理法に準じて計画係、準備係、指導推進係、保守係といった職能職長制度を導入することにしました。それによって工事の進捗状態が改善され、完成期限の遅延が減少し、作業のまとまりもつくようになりました。この山崎文書課員は、その後文書課長、理事、副総裁などさまざまな役職を経験して、満鉄最後の総裁
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英文の満鉄ポスター 「ロンドンから東京まで船旅より安く早く、鉄道では2週間」とある。 |
現在の大連駅(昭和12年築)上野駅(昭和7年築)をモデルとした。 |
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