中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
 第112回 監査の道

 日本では、明治43年頃からこのテイラーの管理方法に基づいて、官営専売局工場、海軍工廠、鉄道省工場、民間の紡績工場などで生産管理、労務管理、原価計算などが導入されていきました。

 日本に海外の知識を紹介していた池田藤四郎は、明治44年にアメリカからとりよせたテイラーの原書を小説体に書き直して東京魁新聞に「無益(むえき)手數(てずう)を省く秘訣」として連載しました。そして、大正2年(1913)に一冊にまとめ、出版しました。当時は、150万部も売れたといわれています。藤四郎は、千葉県芝山町飯櫃(いびつ)で生まれ得意の英語を生かして商社勤務からジャーナリストとなり、多くの経営書を日本に紹介し、経済誌「ダイヤモンド」の創刊(大正2年)にも関わりました。この本は、「科学的管理法」をわかりやすく人々に伝えるために「もしドラ」(「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」岩崎夏海 ダイヤモンド社)スタイルを採り入れており、14歳の少年が、父親が突如抱えた負債により学校にいけなくなり、町工場の工員になるところから始まり、その仕事の過程で「いかに仕事を効率良くこなすか」ということを研究していくことが語られています。

 米国イェール大学に留学し大蔵省役人で専修大学創設者でもある経済学者田尻(たじり)稲次郎(いなじろう)は、本書の推薦文で次のように書いています。
 「余本書を(ひもと)きその内容を見るに、著者池田氏は能く先進商工業國に於ける先輩心中の機微を洞察し、十分に其の経営施設の精神を咀嚼(そしゃく)し、且つ巧みに平俗の文字を以て卑近の事例を描出し、多數庶民をして一見明瞭に其の利の在る所を悟了せしむ、其の勞や多く其功や大なりと()うべし。」
 田尻の他に、三菱合資会社社長 岩崎久彌(いわさきひさや)(岩崎弥太郎の長男)、川崎造船所社長 松方幸次郎(まつかたこうじろう)(第6代内閣総理大臣松方正義(まつかたまさよし)の三男、上野の国立西洋美術館松方コレクションは有名。)、森村市左衛門(もりむらいちざえもん)(ノリタケ、TOTO、日本ガイシ、旧INAXなどの陶器からセラミック企業の森村財閥の創始者。)、福沢桃介(ふくざわももすけ)(実業家、福澤諭吉の婿養子)、王子製紙社長 藤原銀次郎(ふじわらぎんじろう)(製紙王といわれた。)など錚々(そうそう)たるメンバーが推薦しています。いかに、この本が当時の産業界から期待をもって受け入れられたかが、分かります。

 本書の冒頭には、能力調査技師という職業の説明があり、多くの企業でそのコンサルティングを依頼したとあります。
 「明治44年の春以来、能力調査技師と言う新しい名の職業が世に顕はれた。其の仕事は大會社、大工場の内部諸機関―機械工具の配置、作業振等―を科學的に調査し、是に依って當業者の未だ気附かぬ幾多の「無駄」を巧に指摘し、其の「無駄」を全く除き去るか、若しくば又其「無駄」に代わる()き他の有効な手段を工風(くふう)するか、何れにもせよ、その内部機関の能力を、一層有効に一層偉大に働かせようと言ふのである。(いやしく)も現在の大工場、大會社にして此の調査技師の探針(さぐりばり)を刺し込まれない様なものは、最早時代後れのものと見做されて居る。従って至る所の大會社大工場では先を(あらそ)うて此の技師の招聘(しょうへい)に務めて居る。」

 しかし、実際にはうまくムダを省けるのかどうか、多くの人は疑問に持ちます。そこで、筆者は、14才の太郎という少年が親の事業の失敗で学校に行けなくなり、機械工場の見習工となり、そこで実務と夜学を学んで調査技師となり、16ヵ所の大工場を有する大工業会社の経営者となった話しを書きます。その少年のムダを省く経験を順次紹介して、いかに大工場、大会社が常に多くのムダを生んでいるかを示しています。
 本書には、工場における多くの事例が書かれていますが、その中で「品物は盗まぬが時間は盗む」という項目があります。太郎は、ムダの研究をしている時ある工場で、仕事をさぼり休憩したり、昼寝をしたり、終業時間の20分前に機械を離れ帰宅の準備をする習慣があったり、大変驚きました。職工は、材料や製品は決して盗みません。それは、その金銭的価値を知っているからです。しかし、時間については目に見えず、その価値が見えないために盗んでいるということが分からなくなっていました。そして、この慣習をなくすことによって賃金の25%を減らすことができました。
 著者は、テイラーの革命的新法を広く社会に紹介して、経済界だけではなく、政界、軍事界、農業界その他あらゆる仕事においてムダを省き、より少ない金、より少ない人、より少ない時間によって、これまで以上の生産性をあげることが、本書刊行の目的であると述べています。

(参考資料)
「無益の手数を省く秘訣」 池田藤四郎  エフィシエンシー協会 1921 国立国会図書館デジタルコレクション
「池田藤四郎1~3天下の物知りと称されたベストセラー作家池田栄亮三男の生涯」 奥住淳
広報しばやま 千葉県芝山町 2007.12~2008.4  (下記写真も)




 

無益の手数を省く秘訣


  池田藤四郎

  • 中村 義人
    元放送大学客員教授
    元東洋大学教授
    公認会計士 税理士
    税理士法人創新會計 役員

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