中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
 第111回 監査の道

 テイラーの科学的管理法は、工場の従業員を管理するため、1日の作業量を設定し、作業手順を決め、作業の標準化を図ることで、効率的に作業が実施されようにしたシステムです。このシステムにより大量生産方式が確立され、アメリカ産業の発展の基礎となり、現代に受け継がれていきました。科学的管理法は、現代の生産方式にも影響を与えるほど、革新的な考え方でしたが、これに対して問題点や批判もでてきました。例えば、余りに人間性を無視して、効率だけを追求する生産方式であり、労働強化や人権侵害につながるとの反対運動も起きました。このような時に、科学的管理法を批判して人間関係論という新しい分野を開拓したのが、メイヨー(George Elton Mayo 1880年-1949年)です。メイヨーは、オーストラリア生まれの心理学者であり、アメリカに渡りハーバードビジネススクールで人間関係を研究しました。

 メイヨーは、アメリカのシカゴ郊外にあるウェスタン・エレクトリック社のホーソン工場で、作業員の生産性をあげるためにはどのような要素があるか、大規模な聞き取り調査と作業環境の改善に取り組みました(ホーソン実験)。そしてその実験から次のような結論を得ました。「生産性向上は、職場の物理的な環境条件ではなく、人間関係が影響する。」ということを突き止めたわけです。すなわち、次のような事実が分かりました。

・人は、経済的対価より、社会的欲求の充足を重視する。
・人の行動は合理的ではなく、感情に左右される。
・人は、フォーマルな組織よりインフォーマルな組織に影響されやすい。
・人の労働意欲は職場環境の良し悪しより、職場での人間関係に左右される。

 メイヨーは、ホーソン実験で最初作業照明と作業能率との関係の解明を目ざしましたが、これはうまくいかず、そして2回目に工場で約2万人の面接調査、作業観察などの実験・調査を行ない、これらを通じて作業能率は作業条件より労働者の精神的態度や感情に影響されることが分かりました。テイラーは労働者を一つの機械として科学的に管理する方法を考案しましたが、メイヨーは、その人間そのものに注目して、行動科学の方法をみつけたものと言えます。

 そして、このような行動科学はさらに米国の心理学者マズロー(Abraham Harold Maslow 1908年-1970年)によって、より明確に分析されます。マズローは、人間の病的で異常な精神病理の理解を目的とする精神分析(フロイト、ユングなど)と、人間と動物を区別しない行動主義心理学(ワトソンのネズミ行動分析など)の間の、いわゆる「第三の勢力」として、心の健康についての心理学を目指し、教育や経営学の領域にまで思索は及びました。
 マズローは、言います。「どうすれば走る能力を発達させることができるかを知りたいならば、平均的走者を調べないで、例外的な走者である成長しつつある先端者を研究するであろう。」すなわち、自分の資質を十分に発揮し、なしうる最大のことをしている人間を調べる必要があるということです。彼らは、目標を才能・能力・可能性の発揮と開発においており、それは自己実現であるとします。

 そして、この自己実現は、その過程に階層を成し、基本的な生理的欲求からより複雑な高次の心理的動機づけに至り、それらの高次の欲求は、より低次の欲求が満たされてはじめて重要性を持つことになります。食料や安全の確保が困難な場合、それらの欲求を満たそうとする努力が人の行動を支配して、より高次の動機は重要でなくなります。基本的欲求を容易に満足させられる場合にのみ、美的・知的欲求を満たすために、時間と努力を費やすことができます。従って、食料,家屋や安全を確保することに人々が労している社会・組織では、芸術や科学は盛んではありません。最も高次の動機である自己実現欲求は、ほかのすべての欲求が満たされてはじめて満足できる状態になります。今日、我々が眼を見張るような建築、芸術、様式、文化はすべて低次の欲求が満たされた王室、貴族、僧侶などによってもたらされたものです。マズローの自己実現に至る階層は、次のようになります。

5. 自己実現の欲求(self actualization)
4. 承認の欲求(esteem)
3. 所属と愛の欲求(social need/love and belonging)
2. 安全の欲求(safety need)
1. 生理的欲求(physiological need)


(参考資料)
「経営戦略全史」  三谷宏治  ディスカヴァ―・トゥエンティワン  2013
「マズローの心理学」  フランク・コーブル  産能大出版部  1972




 

George E.Mayo


  Abraham H. Maslow

  • 中村 義人
    元放送大学客員教授
    元東洋大学教授
    公認会計士 税理士
    税理士法人創新會計 役員

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