中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
 第110回 監査の道

 科学的管理法は、アメリカ全土の製鉄所や電機工場に導入された後、急速に拡大しつつある自動車工場でも採用されるようになりました。このテイラーの科学的管理法をいち早く実践し、成功を収めたのがヘンリー・フォード(Henry Ford 1863 – 1947)です。彼は1903年に創業したフォード・モーター(Ford Motor Company)に、科学的管理法を応用するとともに流れ作業を考案し、独自の大量生産方式を確立し、当時一般市民には手の届かない高級品であった自動車を大量に生産して普及させました。フォードは、工場に8時間労働制を取り入れ、コスト管理を徹底した生産システムを完成させます。この、科学的管理法による大量生産をテイラー・システム、あるいはフォード・システムともいいます。

 ヘンリー・フォードは、1863年、ミシガン州デトロイト郊外の農家に生まれました。機械好きな彼は、地元のパブリックスクールを卒業後、発展途上であったデトロイトに出て見習工になり、1891年にはデトロイトのエジソン照明会社のエンジニアとして雇われました。その後、フォードは、フォード・モーターを立ち上げてT型フォードの大量生産方式を確立し世界で累計1,500万台以上も販売して、産業と交通に革命をもたらしました。

 フォードは、産業の最終的な目的は、人々が頭を使わないですむ標準化され、自働化された世界を作ることではなく、人々が頭脳を動かす機会が存在する世界を作ることであり、そこではもはや朝早くから夜遅くまで、生計を得るために働きづめになることはなくなるだろうと予測します。これは、今から約100年前の言葉ですが、現在にも当てはまるものと思えます。今、産業界はAIやIT化が進み、そのため人の仕事が奪われると心配する人も多くいます。しかし、そうではなく労働時間が効率化され、働き方が変化し、むしろ創造的な仕事をする時間が増えていくのではないでしょうか。時代は常に変化しますが、いつの時代であっても必要とされる人々は常にいます。本質的に重要なのは人材の価値が変化していくことに気が付いてどう対応していくかです。その価値の変化に気づいて動くか動かないかが、その人の将来の価値に大きく影響します。「ライフ・シフト」の著者リンダ・グラットンは、これから人々は3つの人生資産を持つことが必要であると説き、その一つに変身資産、すなわち社会の変化とそれに対応する変身能力をあげています。いつの時代も同じ議論が繰り返されます。
 当時、標準化はあまりにも効率性を重視するために、人間性を軽視した型枠であるという批判も出てきました。そこで、フォードはこういいます。「もし、あなたが標準化を現在は最良のものであるが、明日は改良されるべきものと考えるならば、あなたには見込みがある。しかし、もしあなたが、標準は制限を課すものと考えるならば、進歩は停止する。」また、フォードは、会社の方針として、労働者は誰でも自分は特定の職種のみに属しているとは考えないで、自分の職種以外の仕事をしても構わないとして、会社にはいつでも引き出せる莫大な人材の貯え(例えば、わが社には会計士、飛行士、動物学者などありとあらゆる技能や職種の人々がいる。)があり、それを引き出して利用できる、といいます。今でも米国の経営者はこのような自由な発想を従業員に求めており、今日例えば3Mのように、組織の中で研究者の自主性を促すような独特のルールを持っている企業もあります。これは、勤務時間の15%は何にでも自由に使えるという「15%ルール」や上司に無断で研究開発することを奨励する 「ブートレッキング(密造酒造り)」といった仕組みです。この制度から、1974年、3Mの科学者アート・フライは、接着剤を紙の裏に付けた付箋「Post-It」を考案しました。彼は、讃美歌のページに挟んでいたしおりが直ぐ落ちてしまい、紙にくっつくしおりがあればいいと思い、丈夫な接着剤を研究していた別の科学者スペンサー・シルバーが発見したはがせる接着剤、しかし当時用途がなかったこの接着剤を利用することを思いつきました。


(参考資料)
「藁のハンドル」 ヘンリー・フォード  中公文庫 2002
3M HP 「ポスト・イット® ブランドについて」
「働き方5.0」 落合陽一 小学館新書 2020
「ライフ・シフト 百年時代の人生戦略」リンダ・グラットン 東洋経済新報社 2016




 

ヘンリー・フォード
ウィキペディアより


  T型フォード
ウィキペディアより

  • 中村 義人
    元放送大学客員教授
    元東洋大学教授
    公認会計士 税理士
    税理士法人創新會計 役員

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