中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
 第109回 監査の道

 わが国では、大正9年から第1次世界大戦後の不況に陥って企業や銀行は不良債権を抱え、また、同12年関東大震災が起き、震災手形(被害を受けた企業が振り出していた手形)が不良債権化して、金融不安が生じ渡邊銀行や台湾銀行などが営業休止に追い込まれました。さらに1929年(昭和4年)アメリカの株式市場の暴落から始まった世界大恐慌は1930年代まで続き、わが国経済にも深刻な影響を及ぼしました。そのような状況下において、企業はこれまでの経験や習慣などに基づいたその場しのぎの経営や非効率な生産方式では行き詰まり、そのため、理論的な経営学の研究が出てきました。そこで、わが国に紹介されたのがテイラー(Frederick Winslow Taylor)の科学的管理法です。テイラーは、工場労働者の主観的な経験や技能の上に成り立っていた作業を、客観的・科学的に整理して管理するマネジメントを提唱しました。

 テイラーは1856年、ペンシルバニア州のフィラデルフィアで生まれ、弁護士になることを目指して、1874年にハーバード大学法学部に入学しますが、急速に視力が低下する症状に苦しみ退学することになり、故郷に戻りました。そして、フィラデルフィアのポンプ会社で見習工になり、1878年にミッドベール製鉄工場で機械工として働くことになりました。製鉄工場で働いている時、テイラーは労働者が効率的な仕事ができていないことや必死に働くことができない状況にあることを知りました。例えば労働者が精を出して働き一定水準以上の成果を出すと、経営者が一方的に賃率引き下げを行っていたため、労働者は賃率の引き下げを恐れてあえて働かなくなったりしていました。
 テイラーは、この非効率性こそが会社にとっての課題だと考えるようになったのです。これまでの生産管理の方法は仕事量や作業量、機械などが過去の記録や工員などの勘によって場当たり的な判断を行ってきましたが、時間研究や動作研究により作業を科学的に決定して効率性を高めていくようにすることが会社にとって必要と考えました。そして、このような経験からコンサルタントとして、様々な会社に関わっていくことになります。

 1911年(明治44年)テイラーは研究の結果を一冊の本にまとめました。これが、かの有名な「科学的管理法の諸原理(The principles of scientific management )」です。わが国では、この邦訳書は明治から大正にかけて翻訳され、今日まで断続的に出版社から出ています。この本の序論において、テイラーはルーズベルト大統領(Theodore Roosevelt 1858-1919)の演説「わが国家的資源の保護は、国家的能率という大きな問題に対する唯一の予備行為である。」を引用して、「この意味を米国国民は十分に理解していない、議論もしていない。」と指摘します。このことを実現するには、「有能な人間を探すのではなく、自分たちが組織的に訓練して有能な人間になることである。」といいます。
 そして、「この本を書いた目的は、国全体として被っている莫大な損失を事例によって指摘し、この非能率の救済は並外れた能力の人間によってではなく、組織によってであり、それは明確に定義された法則・規則・原理よる真の科学であることを明らかにすることである。」といいます。国は人々と組織から成っています。国を強くするためには、人々と組織を強くすることが必要です。さらにテイラーはいいます。「マネジメントの主要な目的は、雇い主の最大限の繁栄(the maximum prosperity for the employer)を確保し、個々の労働者の最大限の繁栄(the maximum prosperity for each employee)に結び付けることである。」と。今の言葉でいえば雇い主と労働者はウィンウィンの関係にすべきであるといえましょう。
 また、そのための具体的方策には「労働者と雇い主にとって最も重要なことは、仕事をできるだけ早く、そして生来の能力を許す限り最高級にする(he can do at his fastest pace and with the maximum of efficiency the highest class)ために、工場内で各個人を訓練し発達させていくことである(the workmen and management should be the training and development of each individual in the establishment)。」と述べています。この経営の科学的管理法は、米国のみならず、わが国でも多くの企業で採用されました。


(参考資料)
「科学的管理法の諸原理」 中谷彪 他 晃洋書房  2009
「The Principles of Scientific Management」Frederick Winslow Taylor 1998 google books



 

“The Principles of Scientific Management” Frederick Winslow Taylor


  Frederick Winslow Taylor

  • 中村 義人
    元放送大学客員教授
    元東洋大学教授
    公認会計士 税理士
    税理士法人創新會計 役員

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