中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
 第93回 監査の道

 瓜生監査役が帳簿を調べたら、明治41年度の利益85万円は架空のもので実質は損失が出ており、配当もこの決算によって行われたもので不法なものでした。その旨を臨時株主総会で公表し、各紙一斉にこの事実を報道しました。明治42年1月26日の都新聞(現、東京新聞)には次のような記事(要約)が載りました。「24日の日糖株主総会において監査役より前期の営業報告中、負債の部未納税金350万2千205円の中に85万円の違算欠損あることを報告して株主を驚かしたるが、これは磯村、秋山両氏の専行に出て、帳簿上巧妙に記載されたもので、酒匂社長はじめ他の取締役、監査役は少しも気づかざりしといえり。」

 このような事実が明らかになり酒匂社長は辞める意思をもらしましたが、相談役の渋沢栄一は、後日次のように述べています。「去年の11月、瓜生君が監査役として計算を(つまびら)かにした結果、85万円の大欠陥を発見すると、酒匂君はいよいよ辞表を出すと言い出した。その時私は酒匂君を責めて君の今の境遇は飽くまでも会社の為に整理を計って行かねばならぬ。2年間社長として平気な顔で勤続して来たものが今この危急に際して辞職しようと云うのは、船長が船を暗礁に乗せて置いて、自分だけボートで(のが)れようというのと同じ事である。今君は会社と生死を共にする覚悟がなくてはならぬ。ここは君が大いに武士道を立てなければならない処であるというて酒匂君を誡めたのであった。」(実業之世界 第6巻第5号第451-454頁 明治42年5月)

 この不正会計などの結果、日糖の株価は急落し、多額の未納税金などから信用不安が広がったため、倒産の危機にまで陥りました。そこで、瓜生監査役は取引銀行3行(第一銀行、三井銀行、三菱銀行)に対して台湾工場を担保として負債の分割返済や減資などの再建策を提示すると共に300万円の資金救済を求めました。しかし、3行は支援を拒否しました。ここに、日糖の再建は行き詰まり、瓜生監査役と他の監査役も辞任することになりました。そのため大株主が再建をすることになり、そのためには新しい経営者を得ることが第一として経営委員会を設置して、その中から相談役渋沢の指名により新しい社長を決めることにしました。社長候補にあがったのが株主藤山雷太(ふじやまらいた)でした。雷太は文久3年(1863年)佐賀藩士藤山覚右衛門の三男として現在の佐賀県伊万里市で生まれ、大隈重信や江藤新平などを輩出した佐賀藩校弘道館に学び上京して慶應義塾大学を卒業しました。その後、地元に帰り長崎県会議員となりましたが、実業界に移り三井銀行、芝浦製作所(東芝)、王子製紙などの経営に携っていました。

 雷太は、始めは社長就任を断っていましたが、渋沢の度重なる説得により遂にその任を引き受けることになりました。明治42年4月27日の臨時株主総会において、雷太は就任の挨拶としてつぎのように述べています。「私は就任に際して一言諸君のご清聴を煩わしがたいことがございます。この会社の現状に付きましては、満場諸君はご承知の事である。・・・実を云えば私が就任をするのは、辞退するが当然であろうと思う。然るにも拘わらず私が今日御請を致す次第は・・・私立会社の存亡ではなく、わが国の工業会の現状から自ら進んでやらなければならぬことがあること、この会社に私が這入ってその整理の任をつくすについて諸君から大いに攻撃されるだろうと思う、・・・外科治療をしてこの会社が存立して十分の発達をするように計る精神でつくしてみたい考えであります。お前が一人進んでやってくれなくては困るじゃないかと云う渋沢男爵のご厚誼に感激してこの会社に這入って力をつくす決心を致した次第で御座います。・・・(部分)」  こうしてやっと日糖は再建への道を歩むことになりました。藤山は、さっそく社員を使い会社の財政状態を調べ上げましたら実態はかなり悪く、同年5月31日の株主総会において明治42年上半期の決算は258万7千334円の損失を発表することになりました。しかし、その後、東京工場の再開、台湾工場の拡張などを経て明治42年下半期には7万915円の利益を、43年上半期には93万3千円の利益を計上するまでになり、会社は再び発展していくことになりました。

(参考資料)
「日糖最近十年史」 大日本製糖株式會社 1919年
デジタル版『渋沢栄一伝記資料』 6款大日本製糖株式会社 渋沢栄一記念財団
ニュースで追う明治日本発掘史9 清水勝 河出書房新社 1995




 

渋沢栄一像 千代田区常盤橋公園内
  藤山雷太 日糖最近十年史より


  • 中村 義人
    放送大学客員教授
    元東洋大学教授
    公認会計士 税理士
    税理士法人創新會計 役員

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