中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
 第101回 監査の道

 大正3年7月、わが国最初の監査論の書物「實用會計監査法」は、翌月にも再版され、かなり多くの読者がいたように思えます。この本のほとんどは翻訳されたものですが、その訳者である法政大学講師・会計士岡田誠一は、この本を基にして大正10年11月に「実用商事會計監査法」(462ページ 明治大学出版部)を発行しました。この本の中で、岡田氏は僭越(せんえつ)ながら「会計士」を自称して著者名に書いたと述べていますが、この時代においては、まだわが国では会計士制度は成立していませんでしたが、会計士という言葉は普通に使われ始めたものと思います。明治42年11月に農商務省商務局が公刊した「公許會計士制度調査書」においても、会計士が使用されていました。
 
 岡田氏は、本書において、「前に実用会計監査法という書物を出したが、これは拙い内容であり誤謬に満ちており、早く改訂版を出して責任を果たしたいと思っていた。」と述べています。そのため、7年後に全面的に書き換えたわけです。氏はこの本において、監査人の公認制度の必要性を力説しています。この制度が社会において注意されるようになったのは、英国においては「South See Co.事件(南海会社事件)」であり、日本においては日糖事件によるとしています。また、会社法には監査役制度や少数株主調査権が規定されているが、これらがうまく機能していないとして、最近の満鉄疑獄事件や東京瓦斯会社の瓦斯料金に関する贈賄事件を挙げています。本書は、下記のとおり今日の監査論と比べても遜色のない内容・理論が盛り込まれています。

第一章   會計監査
第二章   會計監査人
第三章   會計監査の材料
第四章   會計監査の標準
第五章   會計監査の方法
第六章   株式會社に特別なる事項 
第七章   榮業の種類に依りて注意すべき事項
第八章   専門會計監査人
附録

 岡田氏が触れている日糖事件については、これまで詳細に解説しましたので、南海会社事件について、簡単に説明します。この事件は、1720年にイギリスで起こった南海会社(The South Sea Company)への株式投機を中心としたバブル崩壊事件のことです。1720年は、日本では享保5年にあたり、8代将軍徳川吉宗が享保の改革に取り組んでいる時代でした。華やかな元禄時代が終わり、倹約と増税(年貢の強化)によって、幕府の財政再建を図っていました。イギリスにおいては、スペイン戦争などで疲弊した国の財政を救うため、増加した国債の一部の引き受け手として1711年に南海会社が設立されました。政府は南海会社にスペイン領西インド諸島との奴隷貿易を行う権利を与え、その利潤による資金を吸収しようとしました。しかし、奴隷貿易は、ほとんど利益をあげず、巧妙な金融取引により財政再建を図りました。すなわち、南海会社に株価の時価で国債を引き受けさせ、その対価として南海会社が発行する株式と交換することにしました。仮に株価が倍になると、国債と交換する株式額面の2倍の株を発行でき、会社はその半分を市場で売却することにより利益を得ることができます。これを繰り返すことにより会社の価値が上がり、配当を増やすことによって株価が上がる、というスキームを作り上げました。資本取引と利益取引を区別せずに額面を超える金額を利益として計上したわけです。今日では、これらの会計処理は認められていません。

 南海会社の株価は、当初1株あたり100ポンド強であったものが、半年のうちに1050ポンドの最高値をつけることになりました。さらに、株式ブームに乗って無許可の泡沫会社が乱立することになり、市況は混乱しました。そして、政府はついに規制に乗り出し、「泡沫会社規制法(Bubble Act,1720)」を制定したため、多くの泡沫会社が消滅し、バブルは終わり株価も下がり、多くの株主が大損をすることになりました。この中には、かの有名な万有引力を発見した物理学者のアイザック・ニュートンもいました。ニュートンは、晩年王立造幣局長官に就任しており、その時に個人で南海会社の株取引に参加して大損をしました。相場の先行きに対して彼は「天体の動きなら計算できるが、群衆の狂気は計算できない。」と語ったとされています。

(参考資料) 「バブルの歴史」エドワード・チャンセラー  2000年
       「帳簿の世界史」ジェイコブ・ソール  2015年




 

「南海会社の株価推移」
ウィキペディアより

  「南海泡沫事件の象徴的な絵図」
1721年 ウィリアム・ホガース
 

  • 中村 義人
    放送大学客員教授
    元東洋大学教授
    公認会計士 税理士
    税理士法人創新會計 役員

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