中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
 第98回 監査の道

 明治32年6月に新商法が施行されましたが、その後監査役の役割はうまく機能していないため日糖事件などが発生したわけですが、この事件を契機に欧米における外部監査人による監査制度を導入すべしという世論が沸き起こり多くの意見が出され、国会でも議論されました(第96回監査の道参照)。そこで、明治政府も欧米の監査制度の調査を始め、その結果、明治42年11月に「公許会計士制度調査書」を公刊して会計士制度の啓蒙に努めました。

 「公許会計士制度調査書」は、イギリスやアメリカの職業会計士制度を範として農商務省が取りまとめたもので、農商務省商工局に勤務していた役人岡田博道が調査しまとめたものです。岡田氏は、後年当時の思い出として文章に残しており(「計理士制度についての思ひ出」会計と税務 昭和13年)、上司から欧米におけるパブリック・アカウンタント・システムの調査研究を命じられましたが、この問題について研究している学者はおらず、また大学などにも適当な参考書は少なく、英米から多くの図書を買い入れて苦労して調査したと述べています。
 また、調査中に製糖会社やその他の実業界において経営上の不祥事が発生し、銀行、会社等における会計監査制度について世論が騒ぎ、わが国においても欧米におけるアカウンタント・システムの緊要なることが称えられたとも述べています。
さて、公許会計士制度調査書の内容を見ると、次のように当時の欧米の会計士制度が42ページにわたって詳細に調べられています。

第1章 公許会計士制度の沿革
第2章 公許会計士の業務状態
第3章 公許会計士制度の利弊併に救弊策
第4章 我国に公許会計士制度を設定するの必要
第5章 結論

特に、第3章の公許会計士制度の利弊について、次のような利益と弊害を挙げているのは興味深いものがあります。
(利益)
(イ) 会計士制度は、企業を興振しその経営を確実ならしめる
(ロ) 会計士の存在は外人の放資を促す
(ハ) 会計士事務は専門的なり
(弊害)
(イ) 賄賂の授受に由って生ずる不正行為
(ロ) 会計士の数が増えると職業上の競争が生じ、事務の種類を問わず引き受けたり、管理できない補助者を使用したり、業務の紹介に報酬を払ったりすることなどが起こる
(ハ) 争議事項について、成功を条件として報酬をもらうこと
(ニ) 自称会計士の発生

 利益の「外人の放資を促す」は、戦後の経済再建上、当面の課題である外資の導入や証券投資の民主化などを目的とした企業会計原則・公認会計士制度の制定と同じ政策が既に100年前に唱えられていたことになります。この調査書では、日露戦争後(明治38年以降)わが国の事業熱は非常な勢いを持ち、粗製乱造的企業が多く設立され、倒産会社も多く出たが、その理由として監査役が実質的に機能していないことを挙げています。また、企業組織は極めて薄弱であり、商工業界における結社の危険度は極めて高い、従って、欧米の資本家はわが国企業界の信用の根拠が薄弱なために、有利な事業があったとしても彼らは狐疑し躊躇して出資しない、と述べています。そして調査書の結論として、公許会計士制度は欧米では導入されたが、わが国では、監査役制度との関係をどうするか、経営者の要望とうまく合致するか、また導入するにはどのように直したらよいか、など今後十分に審議を尽くすべきとしています。
 しかし、その後会計士制度は長く導入されることはなく、昭和2年に至って多くの議論の末「計理士法」が成立し、同年3月に公布され、9月に施行されました。これがわが国における初めての会計士法です。

(参考資料)
公許会計士制度調査書  農商務省商務局  1909
公認会計士制度25年史 日本公認会計士協会 1975
  


 

公許会計士制度調査書 明治42年 google booksより

  ポーツマス条約(日露講和条約)明治38年
  ウィキペディアより


  • 中村 義人
    放送大学客員教授
    元東洋大学教授
    公認会計士 税理士
    税理士法人創新會計 役員

バックナンバーはこちら