中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
 第97回 監査の道

 わが国の商法は初めて明治23年にできました。江戸幕府大老井伊直弼が結んだ日米修好通商条約は、関税自主権の放棄や治外法権の認可などの不平等条約であり、そのため明治政府は、何とか条約改正の交渉を望んでいました。しかし、米国などは、日本はまだ近代法体系が整っていないから条約改正は早いとして拒否してきました。この日米条約改正には面白いエピソードがあります。明治4年11月政府は米国やヨーロッパへ使節団を派遣しました。この使節団には、岩倉具視をリーダーとして木戸孝允、大久保利通、伊藤博文など随員、留学生などを入れて100名近い人数で、サンフランシスコ、ワシントンでは熱烈な歓迎を受け、こんなに日本人を歓迎してくれるならば、ここで条約改正を切り出そうとしました。そして話しを始めた時、米国政府は天皇の委任状が必要と言い出し、使節団は準備していませんでした。そこで、急きょ大久保と伊藤が日本に戻り委任状を取ってくることになりました。そして4ヵ月かけて委任状を持ちワシントンに戻りましたが、結局条約改正には至らなかったということです。使節団は米国に8ヵ月滞在した後ヨーロッパを回り、日本に帰ったのが明治6年9月でした。のんびりとした視察旅行でした。
 その後明治政府は、民法、商法、刑法といった西欧の近代法制度を整備して法治国家であることの証明を急ぎました。政府は、商法を制定するにあたり、ドイツから法律顧問として法学者ヘルマン・ロエスレル(Hermann Roesler)を招き、商法を作ることを依頼しました。ロエスレルは、ドイツ商法やフランス商法を参考にして「商法草案」を完成し(明治17年)、それを基にして明治23年に初めての日本の商法が公布されました。
 この商法においては、取引の帳簿への記録、毎年の財産目録・貸借対照表の作成など会社の決算に関する規定が既に設けられていました。また、その中に監査役制度も規定されました。監査役の職務として、取締役の業務執行が法律、命令、定款、総会の決議に適合するか監視する、計算書、財産目録、貸借対照表、事業報告書、利息または配当金の分配等を検査し総会に報告すること、監査役の業務状況を聴取できることや帳簿の閲覧権など(明治32年会社法第192条から197条)、今日の会社法の基となる規定となっています。なお、取締役・監査役は会社の株主から選任する規定になっていました。

 しかし、この商法は国際的に通用し、条約改正交渉に際して有利になるように作成したことから、日本固有の商慣習は採用されておらず、なじめない箇所も多く、さらに渋沢栄一らの東京商工会(今日の東京商工会議所)は、日本の商慣習とは異質な西欧主義にもとづく商法はわかりづらい、公布からわずか8ヶ月で施行するには周知期間が短かすぎる、などと反対しました。東京商工会の記録(渋沢栄一伝記資料)には、「先の3月27日に商法が公布され、24年1月1日より施行することになった。しかし同法には修正を要するもの少なくないことに鑑み、栄一は東京銀行集会所と相謀ってこの日の会議において商法を周到綿密にその精神を究め置かんとして商法質議会の設立を提案し可決された(明治23年5月24日)」とあります。

 そして、商法施行直前の明治23年11月25日山県有朋内閣の下で第1回帝国議会が召集されましたが、議会において反対意見多数によってその施行が明治26年1月1日に延期されることになってしまいました。なお同月29日に大日本帝国憲法が施行されました。政府(首相伊藤博文)は、明治26年3月この商法の問題点を修正すべく法典調査会を組成して商法修正の名の下に新商法の編纂に当らせ、旧商法の全面的施行をさらに明治31年6月末まで延期しました。そして、ようやく完成した新商法は、明治32年法案が議会を通過し、同年3月に公布し、同年6月16日から施行されました。明治31年7月1日から旧商法が施行され、直ぐ翌年には新商法が施行されたわけです。この商法は現在の商法・会社法の原型となるものです。なお、民法についても明治23年にフランス民法典を範として公布されましたが、やはり民法典論争により施行延期となり、そのまま施行されずに終わってしまいました。そして法典調査会による草案ができ、明治29年と31年に分けて法案が成立し31年7月から全体が施行されています。


(参考資料)
「明治期における商法会計制度論」 松尾俊彦 1996 社会情報学研究 広島大学
「明治期日本の商法典編纂」高田晴仁 2013 季刊企業と法創造 早稲田大学グローバルCOEプログラム
「岩倉使節団という冒険」 泉三郎 2004 文春文庫


 

帝国議会開院式臨御 小杉未醒 
明治23年 聖徳記念絵画館壁画より
  帝国議会召集御署名原本 明治23年
  国立公文書館HPより


  • 中村 義人
    放送大学客員教授
    元東洋大学教授
    公認会計士 税理士
    税理士法人創新會計 役員

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