中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
 第91回 監査の道

 明治39年、鈴木藤三郎51歳の時に日本精製糖に内紛が起こり、藤三郎は会社を去ることになりました。数年前に藤三郎が入社させた支配人の磯村音介、参事の秋山一裕らが持株数の力をもって、藤三郎に台湾製糖との合併、台湾や清国での大工場建設など急進的な改革を迫りました。
 しかし、藤三郎はこれらの案は時期尚早であるとして受け入れず、同年7月に藤三郎の勢力の株数が磯村らの株数より少ないことなどから紛争を嫌い社長を辞任してしまいました。磯村らの急進派は日清・日露戦争の特需の大相場で活躍していた相場師鈴木久五郎(すずき きゅうごろう)を味方に付けその株数をもって藤三郎に改革を迫ったものでした。鈴木は、後日談として、「わが国の主要産業である製糖業、ビール業、紡績業の各三つをそれぞれ大合同させ大いに振興しようと企てた。」と述べています。鈴木は、この日本精製糖の合併を成し遂げた後、次は紡績業の統合として鐘紡の株を買い増していきましたが、日露戦争後の鐘紡株の暴落により、破綻することになりました。
 藤三郎が去った後の取締役会で磯村は専務取締役、秋山は常務取締役となり、渋沢栄一を相談役とし、社長には農商務省の農商局長であった農学博士酒匂常明(さこう つねあき)を就任させました。鈴木久五郎は、監査役5名のひとりとして就任しました。そして、同年11月に大阪の日本精糖株式会社と合併して資本金を12百万円に増資し、大日本精糖株式会社に社名を変更しました。そして、この後無理な拡大政策を取ったため、ついにわが国最初の大粉飾事件として世間を騒がせた日糖事件に突入していくことになります。

 日清戦争以後、明治35年に政府は「輸入原料砂糖戻税」を制定して砂糖業界を保護することにしました。この法律は、5年間の時限立法(明治40年3月31日終了)であったため、これを更に5年間延長させる改正法案が提出されました。この法律を成立させるために、磯村、秋山などが自社の権益を守るために、国会議員に現金を渡して贈賄を行いました。
 当時、沖縄や台湾で作っていた砂糖(粗製糖)を擁護するために、外国から入ってきた砂糖には、それを精製糖にして再輸出する場合でも、税金をかけるということになっていました。しかし、これでは日本の精糖業が成り立たないという強い意見があり、外国の粗糖を輸入して再び外国へ出す場合には、はじめ輸入する時に払った税金だけ返してもらうことができる、という輸入原料砂糖戻税を設けました。しかし、この法律は内地の精糖業を保護するためのものであり、台湾の製糖業はこの法律の延長は反対であるとして運動を始めました。

 結局、この法案は原案の期限を短縮して2年とし、明治40年3月に衆議院、貴族院で可決しました。さらに、期限の切れる明治42年3月になって、それを明治44年7月まで延長する改正が行なわれました。また、明治41年の衆議院議員選挙にあたり、業界代表を国会に送り局面の打開を図ろうとして、秋山や業界と結びつきの深い人々を選挙候補に立て運動し、秋山他3名が当選しました。
 しかし、この辺りから、日本製糖の経営に対する信用不安が出始めてきました。会社は、明治39年下半期の6割4分という高配当を支払い、その後も1割5分配当を続け、一時は50円の株価が170円の最高値になりました。しかし、明治40年1月の東京株式市場暴落に始まった経済不況と急激な合併・買収による資金の固定化、借入金の増加などにより会社の財政状況は悪化していきました(注)。この不況は重工業を中心とする近代的産業の発展が、日露戦争が終ると行きづまり,また株式組織による大規模な産業の急速な発達が独占段階へ移行して柔軟性を欠いてきたことによるものでした。また、株式市場暴落の主たる原因は市中銀行が従来の態度を一変させて、貸出を渋り資金が回らなくなったことによるとされています。

(注)日糖最近廿五年史(昭和9年)によると財政悪化の理由として次を掲げている。
1. 資金の大部分は固定して運転資金が少なくなったこと。
2. 大里製糖所・名古屋精糖買収費、台湾工場建設費等はすべて社債借入金等によったこと。
3. 預合勘定等は一時的には足りるが、後日財政難を誘致する状況である。
4. 合同後の各工場の総計能力は850tに達し、内地市場の消費高の約3倍に当たり設備過大である。


(参考資料)
「近代日本糖業史 上巻」 社団法人糖業協会  勁草書房 1962 
「私の身の上話」 武藤山治  武藤金太発行 1934



 

明治35年2月帝国議会「輸入原料砂糖戻税」委員会議事録(部分)
  明治30年頃の東京株式取引所

  • 中村 義人
    放送大学客員教授
    元東洋大学教授
    公認会計士 税理士
    税理士法人創新會計 役員

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