中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
 第86回 監査の道

 明治政府は、明治20年所得税を導入しましたが、まだ納税者も少なく税率も最高3%と低く、納税額も酒税に比べればかなり少ないものでした。しかし、所得税の導入により経済の発展にともなって納税者が増え、税収の増加が期待できるようになりました。所得税は、当初個人の所得年300円以上の者に段階的に課税し、各地域に所得税調査委員を選定して置き所得の調査にあたらせました。また、明治32年には所得税のなかに法人税2.5%も規定されました。このように税務官吏は政府の財政を支える租税徴収の重要な任務を持つことになりました。
 そして、政府は明治20年に全ての国の官吏に対する倫理規定「官吏服務紀律」を作り、內閣總理大臣伊藤博文の名において公布しました。そこにおいては、官吏が守るべき項目が17条にわたって規定されており、官吏は天皇陛下の政府へ誠実勤勉に職務を遂行することが義務付けられています。その一部は以下のような内容になっています。

第1条  凡(およ)ソ官吏ハ天皇陛下及天皇陛下ノ政府ニ対シ忠順勤勉ヲ主トシ法律命令ニ従ヒ
     各其(その)職務ヲ盡スヘシ
第2条  官吏ハ其職務ニ付本属長官ノ命令ヲ遵守スヘシ但其命令ニ對シ意見ヲ述ルコトヲ得
第3条  官吏ハ職務ノ內外ヲ問ハス廉耻(れんち:心が清らかで恥じを知る心のあること)ヲ重シ
     貪汚ノ所爲アルヘカラス官吏ハ職務ノ內外ヲ問ハス威權ヲ濫用セス謹愼懇切ナルコトヲ
     務ムヘシ

 この規律は、昭和21年に日本国憲法が制定されるまで効力を有していましたが、その後昭和22年に公布された「国家公務員法」に引き継がれています。国家公務員法は、日本国憲法第73条(4項内閣は法律に従い官吏に関する事務を掌理する。)に規定する官吏の事務取扱の具体的内容を定めたもので、職務の遂行に当たり、最大の能率を発揮すること及び公務の民主的・能率的な運営を保障することを目的としています(同法第1条)。かつて越後長岡藩の家老河井継之助(文政10年~慶応4年)が「民者国之本 吏者民之雇(民は国の本 吏は民の雇い)」と述べた官吏の思想が脈々と引き継がれていることが感じられます。(第61回監査の道参照)

 政府はさらに、明治29年に税務官吏の業務心得である「税務官吏服務心得」を公表しました。この前文には、「税務官吏は、租税法規の執行を任とするものにして、その処弁(処置)の結果は直ちに臣民の休戚(喜びと悲しみ)、政府の歳入に関す。誠にこの職務に従うもの自らその任務の軽からざるを省み、常に厳重の注意をなし、いやしくも過誤遺漏なからんことを期せざるべからず。」とあり、税務職員の心構えは120年前と今日も変わっていないことが分かります。
 そして、このような精神は、国税庁が昭和51年に発出した「税務運営方針」においても、税務職員の心構えとして「職員は、各自が国家財政を担っているということを自覚し、職場に誇りを持ち、厳正な態度で自らを律しなければならない。そのことがまた、納税者にとって近づきやすい税務官庁にするゆえんでもある。(同方針第1総論1税務運営の基本的考え方(3))」と引き継がれています。
 納税は国民の義務であり、国の存立を支える重要な要素です。従って、明治22年に公布された大日本帝国憲法においても、「日本臣民ハ法律ノ定ムル所ニ従ヒ納税ノ義務ヲ有ス(第21条)」とされました。この納税の義務は、現在の日本国憲法にも「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ。第30条)」と引き継がれています。
 現行憲法における国民の3つの義務(教育・勤労・納税)のうち、納税の義務のみが明治憲法からそのまま引き継がれており、いかに国家財政の基盤が大事であるかが分かります。
さらに遡れば、慶応4年に明治天皇が新政府の基本方針として布告した五箇条の御誓文の一ヵ条に「上下(すべての国民)心ヲ一ニシテ盛ニ經綸(経済と政治)ヲ行フべシ」と記し、維新において国民の為すべきことが述べられています。 
  
(参考資料)
「税務署の創設と税務行政の100年」 税務大学校研究部 大蔵財務協会 1996年
「官吏服務紀律改正」 明治20年勅令第39号 1887年



 

明治天皇勅令「官吏服務紀律改正」
明治20年
国立公文書館デジタルアーカイブより
  「所得税調査委員選挙人当選証書」
明治28年
税務大学校租税史料ライブラリーより

  • 中村 義人
    放送大学客員教授
    元東洋大学教授
    公認会計士 税理士
    税理士法人創新會計 役員

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