中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
 第80回 監査の道

文政10年(1827年)薩摩藩の藩収入14万両に対して借金は500万両にも達しましたが、この理由として元藩主二人の隠居、すなわち8代藩主島津重豪(しげひで)と9代藩主斉宣(なりのぶ)の江戸暮らしの費用とそれらの子供(重豪25人、斉宣23人、当主斉興12人など)の養育費用が財政悪化の原因の一つとして語られています。しかし、薩摩藩は、西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀などが中央で活躍するための資金を出しており、また、島津家の養女である篤姫(あつひめ、後の天璋院)を13代将軍徳川家定の御台所(みだいどころ、正室の尊称)に送るための莫大な費用も支出しています。渋谷の薩摩藩邸から江戸城までの篤姫輿入れの行列は先頭が城内に到着しても最後尾はまだ藩邸にいたといわれています。輿入れに伴う豪壮な婚礼道具は前もって渋谷の藩邸から江戸城に運び込まれましたが、運搬に6日もかかったといわれています。また、その後の御台所への頻繁な贈り物の費用も大変な支出です。幕府は篤姫に御半下(おはした)から御中臈(おちゅうろう)まで20にも及ぶ各層の女中60人を付けていました。薩摩藩が破産寸前のままであればこのような費用は賄えないはずですが、実は幕末にかけて急速な財政改革を行ったのでした。この役割を担ったのが家老調所広郷(ずしょひろさと)、当時は、調所笑左衛門(しょうざえもん)でした。調所は安永5年(1776年)薩摩藩の下級士族に生まれ、寛政10年(1798年)に江戸へ出府し、隠居していた島津重豪にその才能を見出されて登用されます。藩主の雑用係りである「茶坊主」から始め、町奉行、地頭、家老と出世していきました。いわばたたき上げの苦労人でした。

破綻寸前の薩摩藩の財政について重豪は節約などいろいろ工夫しましたが、なかなかうまくいきません。そしてついに借金を踏み倒すことも考えましたが、そうすると藩の信用はなくなり二度と借金はできなくなります。そこで、思いついたのは、借金は返すが無利子で250年の分割払いにしてもらおう、ということです。そして、調所に貸手の豪商に交渉するように命じ、調所は粘り強く交渉してこの案を認めさせました。この返済はおよそ35年間廃藩置県で藩がなくなるまで続けられました。また、調所は、大坂商人に琉球や清と貿易の権利を与えたり砂糖の専売制を請け負わせたりして、それ相当の利益を与えました。また、唐物16種の商品の取扱いを幕府に認めてもらい収入を増やし、財政を管轄する趣法方(しゅほうほう)という部局を強化し、商品取引を監査・監督して横流しや着服による損失を防ぎました。そして、天保11年(1840年)、10代藩主斉興(なりおき)の時代には薩摩藩の金蔵に250万両の蓄えが出来る程にまで財政を回復させました。

しかし、調所のことを茶坊主からの成り上がり者として快く思わない家臣も多く、調所は次の藩主となる斉彬(なりあきら)から疎んじられ、嘉永元年(1848年)、薩摩藩の密貿易を幕府から指摘され、このことが藩主斉興にまで追求が及ぶのを避けるため、すべて自分の責任として自害することになってしまいました(享年73)。平成10年、この調所の偉業を後世に伝えるため、天保山公園に広郷の銅像が建立されました。斉彬は「蔵方に何ほどの金銀を積もうとも富国とはいえず、国中の貴賤のもの生計の豊かなものをもっていう。」と述べ、斉興、調所を批判しました。しかし、もし薩摩藩がこのような財政改革を行えなかったとしたら、西郷や大久保などの薩摩藩士の活躍もなく明治維新も違ったものとなっていたかもしれません。坂本龍馬の生まれた坂本家は質屋、酒造業などを営む豪商才谷屋の分家で、江戸遊学の資金も十分に出してもらっていました。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」では高知の富商は4軒あり、子供が次のようなまりつき歌にして歌ったと書かれています。「浅井の金持ち、川崎地持ち、上の才谷屋道具持ち、下の才谷屋娘持ち」この上の才谷屋が坂本家の本家です。また龍馬が土佐藩からの出資で海援隊を組織し、資金が欠乏すると土佐藩の出碕官(しゅっきかん)岩崎弥太郎から資金をもらっており、全国での活動ができたわけです。志士の活躍もその出身母体の財政基盤が強固であるからできたものなのです。なお、今年のNHK大河ドラマ「西郷どん」には、家老調所広郷も登場します。

(参考資料)「調所笑左衛門 薩摩藩経済官僚」 佐藤雅美 学陽書房 2001年
      「幕末の大奥 天璋院と薩摩藩」 畑尚子  岩波新書 2007年
      「人物叢書 島津重豪」 芳即正 吉川弘文館  1980年
      「竜馬がゆく ㈡ 」 司馬遼太郎 文春文庫 1998年
 


 

鹿児島市天保山の調所広郷像   篤姫の江戸薩摩藩邸から江戸城への
お輿入れの行列
(NHKアーカイブ大河ドラマ『篤姫』
2008年より)
  • 中村 義人
    放送大学客員教授
    東洋大学 非常勤講師
    公認会計士 税理士
    税理士法人創新會計 役員

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