中村義人の一言ゼミナール

社会人のための監査論 ―会計監査はどのように役立つか―
 第79回 監査の道

現在、衆議院の解散(9月28日)による総選挙後の第4次安倍内閣の元に特別国会が開かれていますが、そこで森友学園問題などの政治疑惑の質疑が行われています。また、自動車会社の無資格検査、鉄鋼会社の品質改ざんなどが発生し、日本企業の国際的な信頼の低下につながるような問題となっています。組織におけるガバナンスやコンプライアンスなどの仕組みがまだ十分に浸透していないといえます。
このような不祥事はいつの時代にもありました。特に、明治維新においては江戸幕府から新政府への体制の引継ぎにおいて多くの混乱が生じました。その中で藩閥権力者と豪商とのなれ合いや生き残りに係わり、疑獄事件も多発しました。今回その中の一つとして「尾去沢(おさりざわ)銅山事件」を取り上げます。

幕末当時、全国のどの藩も財政状態は苦しく、大名は商人から借金をして藩の財政を維持していました。例えば、薩摩藩の借金は文化4年(1807年)には126万両でしたが、文政10年(1827年)には500万両にも達しました。文化12年(1815年)の藩収入はおよそ14万両でしたので、財政の急激な悪化状況が推定できます。このことは、当時薩摩藩の武士・純士の人口比率が37%(家来、妻娘等含む)と非常に高い数値になっていることも原因の一つです。この比率は一般的には5~7%とされています。すなわち、薩摩藩は収入がなく支出のみの武士への負担が限界を超えているといえます。なお、ちなみにわが国の平成29年の労働人口(15歳~64歳)は6,762万人で総人口に占める率は53%、非労働人口比率は47%で、単純な比較はできませんが、薩摩藩より高いことになります。
また、幕府自体も下関戦争で英米仏蘭の連合国から長州藩へ請求された賠償金300万ドルを肩代わりして、何とか100万ドルは返済しましたが、残りの200万ドルは明治政府が引き継いでいます。また、薩長に勝つためには、近代的な軍隊や武器が必要と考え、この資金としてフランス公使のレオン・ロッシュ(Léon Roches)へ600万ドルの借款の申し込みをして、慶応2年フランス経済使節のクーレが来日し交渉をしましたが、この資金については実現しませんでした。
しかし、幕府の近代化として必要だった横須賀造船所(第66、67、69回参照)の建設資金は、フランスから50万ドルの借金をすることができました。維新後、明治政府が横須賀造船所を接収しようとしたとき、フランスの商社ソシエテ・ジェネラルからの借入金の抵当に入っていました。そして、この横須賀造船所接収の役を使わったのが参与職外国事務局判事大隈重信でした。大隈は、当時外交交渉の相手である英国公使ハリー・パークス( Harry Parkes)にその旨を相談しました。パークスは、横須賀造船所がフランスに接収されては日本の将来のために良くないと考え、英系のオリエンタル・バンク(1842年英領インドボンペイ設立)を紹介しました。その結果、大隈は横浜税関の関税収入を担保として無事50万ドルの借入金を行うことができ、幕府の借金を返済しました。その後、明治政府はオリエンタル・バンクに新貨鋳造、外債の引き受けなどを任せ、関係を深めていきました。

さて、南部藩(岩手県北上市から青森県下北半島)は戊辰戦争で新政府軍に降伏し、明治元年、7万両の賠償金の支払いと白石(宮城県白石市)への転封を命ぜられ、それは20万石から13万石への減封でした。しかし、故郷を離れることは忍びなく維新政府に陳情を繰り返し、その結果復帰運動が実り70万両の献金を条件に盛岡復帰が許されました。そのため、財政は破綻寸前となりました。維新政府への7万両の賠償金は、御用商人である呉服商「鍵屋村井茂兵衛(むらいもへい)」からの借金により支払いました。そして、その借金の見返りに明治元年から尾去沢銅山(秋田市男鹿市)の経営を任せていました。茂兵衛は南部藩へ融通した金の返済にあたり、受取書に「受け取り」と書かずに「拝借奉る」と書いていました。これは、身分の高い殿様に対する町人の儀礼として、貸した側が借りているという形式の証文を作成する習慣になっていたのです。
そして、明治4年廃藩置県が実施され、大蔵省が南部藩の債務を監査している折に、 このことが大問題となりました。

(参考資料) 「明治政府と英国東洋銀行」 立脇和夫 中公新書  1992年
      「近江商人」 末永國紀 中公新書  2000年
      「西郷どんと薩摩藩-明治維新150年-」2017年 京王アカデミーシンポジウム 資料  



村井茂兵衛(「盛岡の先人たち」盛岡市HPより) 「廃藩置県」小堀鞆音筆
明治天皇の元に各知事が参集
明治神宮外苑 聖徳記念絵画館蔵
  • 中村 義人
    放送大学客員教授
    東洋大学 非常勤講師
    公認会計士 税理士
    税理士法人創新會計 役員

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